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東京高等裁判所 平成2年(行ケ)48号 判決

原告 リモネイラ コンパニー

被告 ポーラ化成工業株式会社外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を、九〇日と定める。

事実

第一当事者が求める裁判

一  原告

「特許庁が昭和六二年審判第一五六八二号事件について平成元年九月二一日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決

二  被告ら

主文第一項及び第二項と同旨の判決

第二原告の請求の原因

一  特許庁における手続の経緯

被告らは、別紙一表示の図形及び文字から成り、第三二類「食肉、卵、食用水産物(海そう類を除く。)、果実、加工食料品」を指定商品とする商標登録第一七一〇八九一号商標(昭和五〇年一二月一七日商標登録出願、昭和五九年八月二八日商標権設定登録。以下、「本件商標」という。)の商標権者である。

原告は、昭和六二年九月四日、その指定商品のうち「果実」に係る本件商標の商標登録を取り消すことについて審判を請求し(昭和六二年一〇月六日に商標登録取消の審判請求の登録)、昭和六二年審判第一五六八二号事件として審理された結果、平成元年九月二一日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がさなれ、その謄本は同年一一月一日原告に送達された。

なお、原告のための出訴期間として九〇日が附加された。

二  審決の理由の要点

1  本件商標の構成、指定商品及び商標権設定登録日は、前項記載のとおりである。

2  審判請求人(原告)は、「本件商標は、継続して三年以上、日本国内において、その指定商品のうち「果実」について使用されていない」と主張する。

一方、審判被請求人ら(被告ら)は、「本件商標は、本件審判請求の登録前三年以内に、日本国内において、通常使用権者によってその指定商品のうち「果実」について使用されていた。」と主張する。

3  そこで検討するに、審判被請求人らが援用する書証によれば、本件審判請求の登録前三年以内に、日本国内において、本件商標の通常使用権者が、その指定商品のうち「果実」について本件商標の使用をしていた事実を認めることができる。

したがって、その指定商品のうち「果実」に係る本件商標の商標登録を、商標法第五〇条の規定によって取り消すことはできない。

三  審決の取消事由

本件使用標章(別紙二参照)が、被告らが主張するような態様で使用されていた事実は、争わない。

しかしながら、審決は、本件使用標章が、本件商標と同一性を有しないのみならず、識別標識として使用されていないことを看過した結果、「本件商標はその指定商品のうち「果実」について使用されていた」と誤って認定判断したものであって、違法であるから、取り消されるべきである。

1  本件商標と本件使用標章の同一性について

別紙二の紙帯には本件使用標章を含む数種の文字及び図形がバランスよく配置され、全体がまとまりあるデザインを形成しているから、本件使用標章のみを独立した標章とみることはできない。

また、仮に本件使用標章が独立した標章とみられるとしても、本件使用標章は、図形、ローマ字部分及び片仮名部分の、配置及び大きさの比率が、本件商標と甚だしく相違する。そして、被告らが主張するような紙帯の使用態様では、図形及びローマ字部分と、片仮名部分が、同一面に現れることがない。

したがって、本件使用標章は、本件標章と同一でないことはもとより、社会通念上も本件商標と同一の標章ということはできない。

2  識別標識としての使用について

商標法第五〇条にいう「登録商標の使用」は、商標が識別標識として使用されていることを意味するものと解される。

しかるに、被告らの主張によれば、本件使用標章が表示されている紙帯は、訪問販売によって特定の需要者から注文された商品をその需要者に配送する段階で、初めて商品を収納した箱に付されるというのであるから、紙帯を付された商品が、不特定の需要者を対象とする流通過程に乗ることはないことになる(換言すれは、需要者は、訪問販売のカタログ等によって購入すべき商品を注文するのであって、本件使用標章を見て商品を識別したり出所を確認したり品質を信頼したりするのではない。)。そうすると、本件使用標章は、訪問販売のサービスが何人の業務に係るかを示すいわゆるサービスマークではあり得ても、商品の彼比識別など商標の本質的機能を全く果たしていないから、識別標識ではない。したがって、本件使用標章を被告らが主張するような態様で使用する行為は、登録商標をその指定商品について使用するものということはできない。

第三請求の原因の認否、及び、被告らの主張

一  請求の原因一及び二は、認める。

二  同三は、争う。審決の認定及び判断は正当であって、審決には原告が主張するような誤りはない。

1  本件商標の使用態様

被告らは、化粧品の訪問販売で著名なポーラサークルを構成する会社であり、同じくポーラサークルの属する株式会社ポーラ化粧品本舗、及び、株式会社テイショク(現在は、商号を「株式会社ミヒロ食品」に変更)に対して、本件商標の通常使用権を許諾している。そして、株式会社ポーラ化粧品本舗は昭和六二年六月ころから果実の販売も行っており、顧客から果実の注文を受けると、サークルの配送センターの役割を負担する株式会社テイショクに指示し、株式会社テイショクが産地に発送を指示することによって、産地から株式会社ポーラ化粧品本舗の支店ないし営業所に果実が届く。そこで、株式会社ポーラ化粧品本舗の支店ないし営業所は、果実を収納した箱の上面から左右の面にかけて、ポーラサークルの商品であることを示す包装用の紙帯(別紙二)を掛けた上、顧客に配送するのである。

ところで、右紙帯のほぼ中央下端には本件商標の一部である図形と「POLA」のローマ字が表示され、左上隅及び右下隅には本件商標の一部である「ポーラ」の片仮名が表示されている(これらを、以下、「本件使用標章」という。)したがって、前記の紙帯に本件使用標章を表示し、かつ、本件商標の指定商品である「果実」を収納し右紙帯を掛けた箱を顧客に配送することは、本件商標の通常使用権者による商標法第二条第三項第一号及び第二号所定の行為に該当する。

2  本件商標と本件使用標章の同一性について

本件商標と本件使用標章の図形、ローマ字部分及び片仮名部分を、それぞれ個別に対比すると、(本件使用標章のローマ字部分がやや肉太ではあるが)ほとんど同一の形状である。また、本件使用標章の図形、ローマ字部分及び片仮名部分の、配置及び大きさの比率が、本件商標と相違することは事実であるが、本件使用標章は、別紙二の紙帯を果実を収納するほぼ正方体の箱に掛けたとき本件商標の構成部分が複数の面に現れるようにデザインされたものであるから、本件商標と社会通念上同一の標章である。

のみならず、本件商標あるいは本件使用標章中の図形は、化粧品の訪問販売の「ポーラ」のマークとして著名なものである上、本件使用標章においてはその図形の傍らに「POLA」のローマ字が付され、明らかに本件商標を認識させるものであるから、本件使用標章は、(仮に、片仮名部分が看過され、図形とローマ字部分のみであっても)本件商標と実質的に同一の標章と理解すべきである。

この点について、原告は、「別紙二の紙帯は全体がまとまりあるデザインを形成しているから、本件使用標章のみを独立した標章とみることはできない」と主張する。しかしながら、紙帯全体のデザインの中においても、つとに著名な図形に「POLA」のローマ字が付されている部分が、識別性を有していることは明らかであるから、原告の主張は失当である。

3  識別標識として使用について

原告は、「商標法第五〇条にいう「登録商標の使用」とは、商標が識別標識として使用されていることを意味する」と主張する。

しかしながら、同条にいう「登録商標の使用」は、条文の文言どおり、「指定商品についての使用」の事実があれば足りるのであって、その使用態様において商品の彼比識別などの機能を果たしていなければならぬと解する理由はない(のみならず、別紙二の紙帯に表示された本件使用標章は、商品の識別あるいは購入後の品質保証の機能、さらには将来の購入に対する広告宣伝の機能も果たしているといい得る。)。

第四証拠関係〈省略〉

理由

一  請求の原因一(特許庁における手続の経緯)及び二(審決の理由の要点)は、当事者間に争いがない。

右事実によれば、本件商標(別紙一)は、一部変形した円の中にローマ字の「o、、a」を表示した図形と、この図形の下部に左横書きで二段に表示した「POLA」のローマ字部分及び「ポーラ」の片仮名部分から成るものである。

ところで、「ポーラ」が全国的な規模で化粧品の訪問販売業務を行っているものの称呼であり、また、本件商標中の図形が右「ポーラ」のマークとして需要者の間に広く認識されていることは、当裁判所に顕著な事実である。そうすると、本件商標の識別性は、図形と、いずれも「ポーラ」の称呼を生ずる各文字部分の、それぞれに存すると解するのが相当であって、図形、ローマ字部分及び片仮名部分のすべてが一体として結合してのみ本件商標に独自の識別性が生ずると解する理由はないと考えられる。しかしながら、本件商標の構成において基本をなすのが、各文字部分に比較すると大きく、かつ太い線で表示されている特徴的な図形であることも、疑いの余地がないところである。

二  そこで、原告主張の審決取消事由の当否を検討する。

1  本件使用標章(別紙二参照)が、本件審判請求の登録前三年以内に、被告らが主張するような態様で使用されていたことは、原告も争わないところである。

2  本件商標と本件使用標章の同一性について

原告は、「本件使用標章は、図形、ローマ字部分及び片仮名部分の、配置及び大きさの比率が、本件商標と甚だしく相違する」と主張する。

たしかに、本件商標が、図形を大きく表示しその下に小さく「POLA」のローマ字及び「ポーラ」の片仮名を二段に表示しているのに対し、本件使用標章は、小さく表示した図形の右側に大きな書体で「POLA」のローマ字を表示し、これらから二〇cm以上も離れた紙帯の左上隅及び右下隅に「ポーラ」の片仮名を斜めに表示したものであるから、本件商標と本件使用標章が外観において酷似するとは到底いい難い。

しかしながら、登録商標は、これを付する商品の具体的な性状に応じ、適宜に変更を加えて使用されるのがむしろ通常であるから、そのような変更が当該登録商標の有する独自の識別性に影響を与えていない限り、なお同一の範囲に属する標章と認識するのが、商品需要者あるいは取引者の通念というべきである。そして、商標の不使用を事由とする商標登録取消しの制度の存在理由(全く使用されていないような登録商標は、第三者の商標選択の余地を狭めるから、排他的な権利を与えておくべきでないとするのが、主たる理由と考えられる。)に鑑みると、登録商標と称呼及び観念を同じく外観も酷似する標章(これを、「社会通念上、登録商標と同一の標章」と称することもできよう。)の使用が、同条にいう「登録商標の使用」に該当すると解すべきことは当然であるが、それにとどまらず、登録商標の構成に変更が加えられたために外観が必ずしも登録商標と酷似するとはいえない標章であっても、構成の変更が、登録商標の構成において基本をなす部分を変更するものでなく、当該登録商標が有する独自の識別性に影響を与えない限度にとどまるものであるときは、その標章の使用をもって商標法五〇条にいう「登録商標の使用」に該当すると解して差支えないとするのが正当である(パリ条約第五条C(2)の規定を参照)。

これを本件についてみると、別紙二の紙帯のほぼ中央下端に表示されている図形は、本件商標の図形と全く同一の形状である。また、同紙帯のほぼ中央下端に表示されている図形の右に表示されているローマ字も、書体こそ異にするが、本件商標のローマ字部分と全く同一の構成であり、もとより同一の称呼を生ずる。そして、本件商標の識別性が、図形と各文字部分のそれぞれに存すると解されること、及び、本件商標の構成において基本をなすのが特徴的な図形であることは前述のとおりであるから、本件使用標章のうち、図形及びローマ字が近接して表示されている部分には、登録商標の識別性が明確に維持されているというべきである。

以上のとおりであるから、本件使用標章のうち、少なくとも図形及びローマ字が近接して表示されている部分は、本件商標と同一の範囲に属する標章と理解するのが、商品需要者あるいは取引者の通念に合致すると考えるのが相当である。

なお、原告が「別紙二の紙帯は全体がまとまりあるデザインを形成している」と主張するように、別紙二の紙帯には本件使用標章のみならず他の数種の図形及び文字も表示され、本件使用標章はいわば意匠的に使用されているともいい得る。しかしながら、別紙二の紙帯全体のデザインにおいて、本件使用標章が他の図形あるいは文字と合体しその独立性を失っているとは到底認められないから、「本件使用標章のみを独立した標章とみることはできない」という原告の主張は、採用することができない。

3  識別標識としての使用について

前項説示のとおり本件使用標章が本件商標と同一の範囲に属する標章と理解できる以上、被告らが主張するような別紙二の紙帯の使用態様、すなわち、本件商標の指定商品である「果実」を収納した箱に、本件使用標章を付した紙帯を掛けて顧客に配送する行為が、商標法第五〇条第二項所定の「指定商品についての登録商標の使用」に該当することは明らかである。

この点について、原告は、「被告らが主張するような態様で使用される本件使用標章は、商品の彼比識別など商標の本質的機能を全く果たしておらず、識別標識ではないから、登録商標をその指定商品に使用するものといえない」と主張する。

なるほど、商標権の侵害の成否を論ずるときは、第三者による登録商標の使用が識別標識としての使用でなければ登録商標の本質的機能は何ら損なわれないのであるから、商標権の侵害が成立するためには第三者が登録商標を識別標識として使用したことを要するといい得る。

しかしながら、商標の不使用を事由とする商標登録取消しを論ずるときには、前述のような制度の存在理由に鑑みても、商標法第五〇条所定の登録商標の使用」は、商標がその指定商品について何らかの態様で使用されておれば十分であって、識別標識としての使用(すなわち、商品の彼比識別など商標の本質的機能を果たす態様の使用)に限定しなければならぬ理由は、全く考えられない。

それゆえ、本件使用標章を被告らが主張するような態様で使用することが、識別標識としての使用に該当するか否かはさて措き、「指定商品についての使用」に該当することは前述のとおりであるから、原告の右主張も採用できない。

三  以上のとおり、本件商標は本件審判請求の登録前三年以内に日本国内においてその指定商品のうち「果実」について使用されていたと認められるから、指定商品のうち「果実」に係る本件商標の登録を商標法第五〇条の規定により取り消すことはできないとした審決の認定及び判断は正当であって、審決には原告が主張するような誤りはない。

よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担、及び、上告のための附加期間を定めることについて、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第一五八条第二項の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 藤井俊彦 春日民雄 岩田嘉彦)

別紙図面一

別紙図面二

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